大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)167号 判決

大阪市旭区中宮四丁目三番一八号

上告人

篠根茂雄

同所同番同号

上告人

篠根タヱ子

右両名訴訟代理人弁護士

山本毅

大阪市旭区大宮一丁目一番二五号

被上告人

旭税務署長

金原藤雄

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六〇年(行コ)第五三号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年八月二八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山本毅の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

(昭和六一年(行ツ)第一六七号 上告人 篠根茂雄 外一名)

上告代理人山本毅の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法律の解釈を誤り、若しくは法律の適用に誤りがあります。

一 居住用財産の譲渡の特別控除の適用について、租税特別措置法第三五条一項の解釈に誤り、若しくは法律の適用に誤りがあります。

(一) 租税特別措置法三五条一項に規定する「個人が、その居住の用に供している家屋」とは、個人の生活の拠点、生活の本拠として利用している家屋を指していることには争いがなく、原判決の判断通りと考えます。

しかし、どのような事実でもって、生活の拠点、生活の本拠とするかは、問題となります。

そもそも、右の措置法第三五条一項が、居住用財産の譲渡に関し、特別控除を認めた理由は、居住の移転のための買替えとか、或いは処分によって債務返済に当てる等、一般には、生産的でない譲渡処分が一般的であり担税能力に欠けているからであると思います。

このことは、居住兼店舗の場合に、控除されるのは、居住の部分に限っていること(租税特別措置取扱通達三五-四)からも推認できます。

また、一方店舗部分に特別控除の適用がないことは、結局、勤務或いは業務等に関連する居所は除外され、純然たる私的な時間を過ごし、起居するところと理解できます。

また、社会の一般的な判断なり考えにおきましても、仕事の場所や勤務先は、如何に、当人がそこで長時間過ごそうとも、住居とは見做さないと思います。

同法でいう居住とは、立法趣旨あるいは、社会一般の判断からして、結局当該の人が、通常の場合に、私的生活の基盤としているところであって、具体的には、私的な連絡の場所とか、私的な郵便物の届き場所と定めている所で、一般に就寝をしている場所であると理解されます。

仕事や勤務に関する、或いは付随する場所は、当人が、いかに時間的に長く過ごしていましても、或いは当人の生活活動として重要性のある場所でありましても、そこは、住居と考えるべきではなりません。

例えば、勤務が著しく忙しく、一週間の中、二日か三日しか帰宅せず、しかも帰宅している時間は短く、その他の時間を殆ど勤務先の会社で寝泊まりし、長時間過ごしているとしても、決して、勤務先の会社は、住居とはなりません。

また、仮に、住居の用に供している家屋を二以上もっている場合には、それらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋についてのみ特別控除の適用がされます(租特令二三Ⅰ)。この場合の「主として」という意味は、結局、住民登録がされていて、就寝している場所、私的な連絡の場所、私的な郵便物の届き場所と理解すべきであると考えます。

そして、以上の各事実のうち、起居している事実が、居住ということの認定において、一番重要な事実と思われます。

(二) そして、人の社会生活が輻輳し、多様化しますと、居住関係につきましても、それに呼応して多様化します。

かかる場合、居住場所の認定には、何よりも、その住民票を何処においていたかは、極めて有力な資料であるという他ありません。

また、住民票を置いている事実は、それでもって、その者の居住地の意思も明確になり、その確認ができることになります。

また、居住の確定は、画一的に明確にされるべきです。

けだし、居住の認定は、曖昧で恣意になることを防ぐ必要があります。

この観点からも、居住の認定には、住人票の所在地を基準とされるべきです。

(三) 更に、国税庁発行の「暮らしのみちしるべ 身近な税のはなし」のパンフレットの一七頁において、「特例を受けようとする旨の記載があり、かつ、住民票の写し・・・・・を添付しなければなりません」と説明されています。

また、租税特別措置取扱通達三五-三において、

「二 この取扱いは、当該家屋を譲渡した年分の確定申告書に次に掲げる書類の添付がある場合(当該確定申告書の提出後において当該書類を提出した場合を含む。)に限り適用する。

(1) 当該所有者の戸籍の付票の写し

(2) 当該家屋又は当該家屋の敷地の用に供されていた土地の所在地を管轄する市区町村長から受けた当該扶養親族の住民票の写し(当該家屋又は当該土地を譲渡した日から二か月を経過した日後に交付を受けたものに限る。)」

と定められているうえに、もし、住民票の写しを提出できない場合についても租税特別措置取扱通達三五-二四において、

「措置法第三五条第一項に規定する資産を譲渡した者が、当該資産の所在地を管轄する市区町村の住民基本台帳に登載されていないため、措置法規則 第一八条の三(確定申告書への添付書類)に規定する住民票の写しの交付を受けることができない場合において、その者が次に掲げる書類を確定申告書に添付したとき(当該添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認められる場合において、確定申告書の提出後に次に掲げる書類の提出があったときを含む。)には、確定申告書に当該住民票の写しの添付があったものとして取扱う。

(1) その者の戸籍の付票の写し(当該譲渡をした日から二か月を経過した日後に交付を受けたものに限る。)

(2) その者が当該資産の所在地を管轄する市区長村の住民基本台帳に登載されていなかった事情の詳細を記載した書類

(3) その者が当該資産に居住していた事実を明らかにする書類」

と規定しています。

かように、居住用財産譲渡に関する特別控除の適用については、市区長村の住民基本台帳に移動登載されることを極力強調している次第です。

以上の通達からしても、居住の認定について、住民登録を居住の有力な決め手としていることを示しています。

そして、通達からして、居住の判断にあたって、このように、住民登録を重視するのも、社会一般に住民票があるところをもって、住居とみなしていることの表れです。

(四) ところで、現判決は、租税特別措置法第三五条一項に規定する居住に関する解釈を先の租税特別措置取扱通達と異なった解釈をし、また、社会一般の解釈とは掛け離れた解釈に立ち、そのため、居住の認定について、住民登録の存在の価値、若しくは評価を誤り、これを極めて軽視しています。

(五) 右の結果、原判決は、租税特別措置法第三五条一項の適用を誤る結果となりました。

二 所得税法第七八条の寄付金の適用について

原判決は、所得税法第七八条の解釈を誤り、本件に同条の寄付金の適用をしなかった誤りを犯している。

(一) 旭基督教会幼稚園は、昭和二七年一月一一日、宗教法人旭基督教会が設置者となって、私立学校法第三条に基づき設置されたものですが、昭和四五年頃から、同幼稚園を学校法人とする計画をたてました。

学校法人設立を目的として、宗教法人旭基督教会が、従来賃借していた幼稚園の敷地(約三〇〇坪)を購入し(同年七月)、設備の充実のために、園舎の新築工事をなしました(昭和四七年着工し昭和五〇年四月完成)。

右建築完成後、直ちに名称を恵泉幼稚園とし、幼稚園の設置者を学校法人恵泉学園とする認可申請を出しましたが、要件が整わず(恵泉幼稚園関係の負債が多い関係)受理されませんでした。

そこで、まず幼稚園の名称を恵泉幼稚園とすることとし、府庁にその許可申請をしましたところ、昭和五三年一月二六日その許可を得ました。

その後も学校法人恵泉学園を設立するために、上告人茂雄は、再三府庁企画部教育課に赴きました。

しかし、当時、宗教法人旭基督教会は、恵泉幼稚園関係での負債が多く、学校法人の設立は困難な状況である旨の説明を受けました。

上告人茂雄としては、恵泉幼稚園の理事者として、どうしても学校法人恵泉学園を成立し、恵泉幼稚園の経営を同法人に移管しなければならず、そのためには、個人資産を寄付し、もって、負債額を縮小するほかありませんでしたので、本件寄付にふみきった次第であります。

即ち、右のうち恵泉幼稚園の負債については、昭和五五年三月末日現在で長期借入金が一億一二九〇万円あり(甲第六号証 昭和五五年三月三一日現在貸借対照表)、府の教育課では、右の負債状況では学校法人の設立は許可できないとのことでありました。

そこで、上告人らは、学校法人恵泉学園を設立するために本件の寄付をなした次第であります。

恵泉幼稚園の負債については、昭和五五年三月末日現在で長期借入金が一億一二九〇万円あり(甲第六号証 昭和五五年三月三一日現在貸借対照表)府の教育課では、右の負債状況では学校法人の設立は許可できないとのことでありました。

そこで上告人らは、学校法人恵泉学園を設立するために本件の寄付をなしました。昭和五五年度における上告人らの寄付により、その結果恵泉幼稚園の長期借入金は七一九〇万円余となり(甲第七号証 昭和五六年三月三一日現在貸借対照表)、資産総額にたいする借入金の比率が大きく減少した(三〇%以内となった)ので、昭和五六年一一月学校法人の認可がおりたものであります。

ただ、寄付にあたり、学校法人恵泉学園の設立の認可がおりていないために、恵泉幼稚園の設置主体である、宗教法人旭基督教会に寄付する形となった次第であります。

(二) 学校法人恵泉学園は、上告人茂雄が、本件個人資産を寄付したがために昭和五六年一一月二一日、その設立が認可されました。

そこで、同年一二月二日、恵泉幼稚園の設立者を宗教法人旭基督教会から学校法人恵泉学園に変更しました。

右のごとく本件寄付は、学校法人恵泉学園の設立のためになされたものであり同寄付があったればこそ、同学校法人が認可せられたものであります。従って、同寄付は、教育の振興という公益の増進の目的でなされた寄付であり、施行令二一五条三項に準じ、特定の寄付金として、控除の対象と認められるべきものであります。

第二点、現判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反の判断をしています。

現判決が引用しています第一審判決の理由一、2において、

「原告らが本件各申告書を錯誤に基づいて提出したものとは認めがたく、かえって本件各申告書は、原告茂雄が(原告タヱ子の期限後申告については代理人として)その記載内容を確認した上、原告らの意思に基づいて提出されたものというべきであり、」

と判断されています。

しかし、右所得税修正申告書、および期限後申告書は、被上告人税務署の方で一方的に作成したうえ、上告人篠原茂雄(以下単に上告人茂雄と称する)に対し、突然、これを提示し、その正しい内容の説明も行わないままで、捺印を求め、上告人茂雄をして、捺印する書類の真の意味も分からないままに、担当者の指示の通りに捺印させて作成されたものであります。従って、これらの書類の捺印は、上告人らの真意に出たものではありませんから、右の「原告らの意思に基づいて提出された」との原判決の判断には明らかに経験則に違反するものです。

すなわち、右の錯誤の事実を認めないのは、次に述べる経験則の観点から間違っていると思料します。

上告人茂雄と担当官との間では、種々、何回も納税に関し話合いを行っていました。

しかし、上告人茂雄は、結局、主張を譲らず、話は平行線でした。

それにも拘わらず、それが、どうして急に、それと明らかに矛盾する本件申告書が作成されるでしょうか。

ことの進展が、余りにも唐突であります。

一般的に、先行する話合いが平行線であるのに、それと矛盾する書類が作成されてあれば、その話合いが平行線でなくなったのか、それとも、その書類作成が思い違いであるのかどちらかのはずです。

本件で、話合いが平行線のままであったことは、明らかであります。

話し合いが成立していないことは、種々な状況からして明らかです。

そうすると、このことから、書類作成の方が間違っているのであって、書類作成が、上告人茂雄の思い違いで作成されたものと理解すべきであります。

以上の次第で、原判決は、判決に影響を及ぼす経験則違反があります。

第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があります。

一 居住用財産の譲渡の特別控除の適用に関し、原判決が引用する第一審の判決の理由二、2、(2)において、「原告らは現在は二〇一号室(六〇・二一平方メートル)に居住し、他の三室は右集会所と共に幼稚園関係の用に供されていること、旭区の建物における昭和五〇、五一年当時の上水道、都市ガスの使用量及び料金額は別表5、6記載のとおりであって、上水道は昭和五一年八月から使用量が激減し、同年一二月以降は使用実績がなく、基本料金を徴収されているのみであり、大阪市水道局の担当者は昭和五三年五月一五日現場で右建物が空屋状態であることを確認しており、また都市ガスは昭和五一年七月二六日に閉栓されている」と事実認定をしたうえ

「ところで、措置法三五条一項に規定する『個人が、その居住の用に供している家屋』とは、その者が一時的な利用目的以外で生活の拠点として利用している家屋をいい、これに該当するか否かはその者や配偶者等の日常生活の状況その他の事情を総合的に斟酌して決すべきであり、『居住の用に供されなくなった日』というのも、同様の趣旨から生活の拠点として利用されなくなった日を意味するものと解されるところ、右事実を総合すると、原告らは昭和五一年七、八月ころには生活の拠点を旭区の建物から新住所に移転したものと推認することができ、従って原告茂雄が旭区の建物を居住の用に供しなくなったのは、転居届の記載にかかわらず、昭和五一年七、八月ころであったというべきである。」

と判断しています。

二 しかし、詳しくは、次項で述べますように、上告人茂雄は、昭和四五年五月一六日大阪市旭区中宮の土地建物(旧住所という)を取得して以来同所に居住し、昭和五五年三月三一日大阪市旭区中宮四-三-六に移転するまで、同所を生活の本拠としていました。

上告人茂雄は、宗教法人旭キリスト教会牧師、同附属幼稚園園長を兼務しその他にも、社会福祉や宣教関係で多くの役職についていて主張等が多くまた、昭和四九年三月にそれまで幼稚園の園長職務代行であった宮田信子主任教諭が退職し、後任に上告人篠根タヱ子が、副園長として同幼稚園の責任者となってからは、上告人タヱ子も朝七時頃には家を出て、夜遅くまで幼稚園で働いていました。

昭和五四年九月頃からは、特に夜遅くなるときなどは、教会で泊ることもたまにはありましたが、しかし、普通は自宅に帰っていました。

昭和五五年三月末日までは生活の本拠が従来の自宅にあったことは事実です。

三 ところで、旧住所が、昭和五五年三月末日まで、上告人らの生活の本拠になっていたことを裏付ける以下の事情があります。

(一) 上告人茂雄は、昭和三〇年三月以来旭基督教会の牧師として布教活動を行うほか、同年三月から同教会が経営する旭基督教会幼稚園の園長に就任し、旭基督教会代表役員(昭和三〇年四月一日就任)、全国組織である基督教会同盟総幹事(昭和三〇年四月から現在に至る)を勤め、また大阪基督教連合会書記(昭和四五年から昭和五五年まで)、基督教保育連盟関西部会長(昭和五二年から昭和五七年まで)、大阪府私立幼稚園連盟振興委員長(昭和五一年から昭和五六年まで)や韓国木浦共生園心の里親運動の日本代表(昭和四九年以降)などの役職を勤め、出張の多い多忙な生活を送っていました。

その間、昭和四九年三月には、それまで幼稚園の園長の職務代行をしていた訴外宮田信子主任教諭が退職し、後任に上告人篠根タヱ子(以下上告人タヱ子という)が副園長として同幼稚園の責任者となっています。

その頃から昼間は本件家屋を留守にすることが多くなりました。

しかし、上告人らは夜は本件家屋に帰って生活をしていましたし、上告人らが使用する自動車も本件家屋内の車庫に入れていました。

(二) 本件家屋における、上水道の使用は、かつては、大半は炊事用でありましたが、昭和四九年四月以降、上告人タヱ子は、昼に(暫々夕食も)幼稚園で給食をとるようになり(上告人茂雄は軽い朝食を本件家屋でとる位で殆ど外食でした)、昭和五二年頃からは、夜帰って(石油コンロで)お茶を湧かす程度でありました。

また、便所は水洗式ではなく、汲取式です。

しかし、昭和五五年五月二日本件家屋を牛房氏に売却する前まで、水道は閉栓せずに使用していました。

(三) 都市ガスの使用についても、一部炊事用と冬期は暖房用にも使っていたことがありますが、本件家屋には大型の石油コンロがあり、炊事用は殆どこれで用が足りていました。

暖房用に使ったのは、上告人タヱ子が、本件家屋でピアノ教室を開いていた関係で、昭和五一年の冬まで、使用料が多かったのですが、その後は暖房用にも使用しなくなりました。

昭和五一年七月頃ガス管が腐食してガス漏れがあるとのことで取替えが必要となり、前記の事情で、石油コンロ程度で充分用を達することができましたので、同日閉栓にしてもらった次第です。

(四) 電話(大阪九五四局三五一八番)は、昭和五一年八月五日に恵泉学園の方に移設しましたが、これは、昼間、本件家屋の方が留守になり(信者等からかかる相談等の)、電話を受けることができないことから移動したに過ぎません。

また、一方では、新園舎が完成し、ビジネスホーン(種類にもよるが、外線八本までを一つの電話器にまとめ、受話器が二四台まで各部屋に据付けられ、どの受話器からでもその各外線電話で受発信することができます)にすることが便利で、かつ工事も一挙にできるのでそうすることにしました。

右の次第で、本件家屋にあった前記電話他四本を恵泉学園に設置したビジネスホーンにまとめました。

なおその際、九五四局三五一八番は、リモートコントロールテレホン(無線電話)で受発信できるようにしたので、本件建物からでも受発信でき、不便はありませんでした。

(五) 上告人らは、もともとは、旧住所地で建て直すつもりでしたが、昭和五五年一、二月頃から、本件家屋を売却することに考えを変えていましたが昭和五五年三月一四日、訴外牛房明氏との間で売買の話がまとまり同日手付金四〇〇万円を受取りました。

同年三月三一日大阪市旭区中宮四丁目三番一八号の新住所(本件園舎の二〇一号室・二〇二号室および二〇五号室)に家財道具類を運んで移転をし、転居届も同年四月一日に提出しました(不動産登記簿上は同年五月二日売買となっていますが、実際の売買契約手付金授受は三月一四日です)。

(六) 住友銀行千林支店にある総合口座(上告人篠根茂雄の口座番号三九九五四二・上告人タヱ子の口座三九九五三〇)は、昭和五三年末頃、三菱銀行大阪支店の上告人篠根茂雄名義の普通預金口座(口座番号一四五七六五七)は、昭和四四年九月頃、いずれも開設したものです。

ところが、昼間は、上告人らが学園の方に勤務していたので、銀行から連絡があったり、銀行からの郵便物が届いても不在となるため、昼間いる学園の方を記入したものです。

もう一度、昭和五五年三月頃の上告人らの居住関係を要約して申し上げますと、

〈1〉 毎日の起居は、旧住所地における家屋で行っていました。

〈2〉 住民登録も旧住所地における家屋のところに置いていました。

〈3〉 旧住所地における家屋において、日刊新聞紙も継続して講読していました。

〈4〉 私的な連絡や私的な手紙等の郵便物は、すべて旧住所地における家屋に届いていました(甲第二一号証、二二号証)。

〈5〉 銀行へ届け出た住所についても、二つの取引銀行以外は、昭和五五年四月一日まで、新住所を届けていません。

旧住所でもって、銀行取引を継続していました(甲第一七号証の一乃至三)。

〈6〉 家財道具をはじめ、身の廻り品についても、昭和五五年四月一日まで、旧住所地における家屋に置いていました。

昭和五五年四月一日を目処にして、順次、新住所に移動したものであります。

〈7〉 全ての生活関係について、例えば、契約の締結や注文等について、その住所は、勿論、旧住所でありました。

〈8〉 私的なものは勿論、公共的なものの連絡先をはじめ、種々な毎月の消費に関する料金の請求書の送付先も旧住所になっていましたし、また、現にそのように処理され、届けられていました。

〈9〉 旧住所において、町内会費を昭和五五年三月まで支払い、近所付き合いもしていました。

以上の次第で、公共的な面からも、契約等の法律的な関係でも、また起居等の事実的な面からも全て、昭和五五年四月一日までは、旧住所地を上告人茂雄らが住居にしていたことは、明らかです。

以上の次第で、昭和五五年三月末日まで上告人らの住居(生活の本拠)が本件建物にあったことは間違いないことであります。

四 措置法三五条一項でいう居住の用に供している家屋とは、前述の如く、それこそ、純然たる私的な時間を過ごし、起居するところと捕らえるべきであります。

従って、昭和五三年頃において、新住所は、決して、措置法三五条一項でいう居住の用に供している家屋に該当しないものであり、旧住所に、居住していたと認定されるべきです。

以上のような事実や事情があるにも拘わらず、原判決は、事実認定を誤って、昭和五三年頃には、旧住所に居住していないと判断したのは、明らかに、判決に影響を及ぼす事実誤認であります。

五 上告人らの錯誤に基づく申告書作成について

(一) 原判決が引用しています第一審判決の理由一、2において、

「原告らが本件各申告書を錯誤に基づいて提出したものとは認めがたく、かえって本件各申告書は、原告茂雄が(原告タヱ子の期限後申告については代理人として)その記載内容を確認した上、原告らの意思に基づいて提出されたものというべきであり、」

と判断されています。

しかし、右所得税修正申告書、および期限後申告書は、被上告人税務署の方で一方的に作成したうえ、上告人篠原茂雄(以下単に上告人茂雄と称する)に対し、突然、これを提示し、その正しい内容の説明も行わないままで、捺印を求め、上告人茂雄をして、捺印する書類の真の意味も分からないままに、担当者の指示の通りに捺印させて作成されたものであります。従って、これらの書類の捺印は、上告人らの真意に出たものではありませんから、右の「原告らの意思に基づいて提出された」との原判決の判断は明らかに事実認定に誤りがあります。

(二) 被上告人税務署の方で一方的に作成した右申告書類に、上告人茂雄が、捺印するに至った経緯は、次の通りです。

昭和五六年五月頃、被上告人税務署から上告人茂雄に対し、不動産譲渡所得申告もれの話がありました。

その後、上告人茂雄は、二・三度同署に赴き、その申告につき担当官と交渉しました。

同年九月二一日にも右上告人は、同署に赴き担当官と話合いました。

申告に関する話合いは、依然、平行線のままでした。

その間、税金に関する不服申立の手続きや、納得できない場合の手続き等についても担当官から説明がありました。

そうこうしている間に、担当官の方から、

「寄附金控除については専門ではないので、国税局やその上の役所の方に行って話をして下さい。ついてはこの書類を提出してもらいたいのでサインしてほしい」

と、寄付金控除については、話す場所(官庁)を変え、そこで話してもらうことにし、その手続きに提出する書類である旨告げられました。

そして、その際、税務署の方で一方的に、既に数字等が書入れられた、乙第三号証の一の申告書と乙第四号証の一の申告書を上告人茂雄の目の前に出されました。

そして、更に、担当官は、住所氏名を書いて捺印して下さいと記入場所を指示しながらいわれました。

今まで、税金に関する不服申立の手続きや、納得できない場合の手続き等の話が出ていたのに引続き、「国税局やその上の役所の方に行って話をして下さい。ついてはこの書類を提出してもらいたい」と説明を受けたものですから、上告人茂雄は、てっきり国税局への手続きに出すための書類と思い込んだのです。

右の認識の下に、一通に自己の住所氏名、他の一通に上告人タヱ子の住所氏名を書き捺印して渡した次第です。

(三) 上告人茂雄としては、これらの書類は、捺印する直前になって、突然、初めて見せられたものであり、しかも、記載内容も書類の意味の説明も一切受けませんでした。

上告人茂雄は、今までの話の経過や、担当官の説明から、全く信用し、国税局への手続き書類と思い込んでいました。

もし、上告人茂雄が、乙第三号証の一、同第四号証の一の各申告書記載の税額を支払うものとしての申告書であれば、決して、捺印を行いませんでした。

けだし、同申告書に記載されている税額は、膨大なものであり、その支払の原資も持ち合わせていないのであり、また多額にのぼる税額捻出の目処もない上告人らとしては、右申告書を提出することは決して行いませんでした。

右の次第で、所得税確定申告書類であるとは、つゆ知らなかったものであり本件各申告書の提出は上告人らの錯誤によるものです。

(四) 原判決が、右の錯誤の事実を認めないのは、次の点からも誤りであることが明らかであります。

上告人茂雄と担当官との間では、種々、何回も納税に関し話合いを行っていました。

しかし、上告人茂雄は、結局、主張を譲らず、話は平行線でした。

それにも拘わらず、それが、どうして急に、それと明らかに矛盾する本件申告書が作成されるでしょうか。

ことの進展が、余りにも唐突であります。

一般的に、話合いが平行線であるのに、それと矛盾する書類があれば、話合いが平行線でなくなったのか、それとも、その書類作成が思い違いであるのかどちらかのはずです。

本件では、話合いが平行線のままであることは明らかであります。

このことから、書類作成の方が問題であって、書類作成が、上告人茂雄の思い違いで作成されたものと理解すべきであります。

以上の次第で、原判決は、判決に影響を及ぼす事実誤認をしています。

六、寄付の入金関係について

(一) 上告人らは、東京都世田谷区の土地・建物を譲渡し、その代金七四〇〇万円から、必要経費金八四八万円を差引いた、合計金六五五二万円を一旦宗教法人旭基督教会会計に入金し、同教会から、そのうち金五四三二万円を恵泉幼稚園会計に寄付金入金し、残る金一一二〇万円を同教会会計より恵泉幼稚園会計に(長期)貸付金としたものです(甲第八号証資金収支決算書の収入の部寄付金収入金五四三二万円とあるのは右寄付金であり、同科目欄、長期借入金収入金三〇〇〇万円とあるうち金一一二〇万円が右貸付金です)。

(二) 右の経緯をもう少し詳しく述べれば、上告人らは、本件土地・建物を昭和五五年三月一二日付で、代金合計七四〇〇万円で売買契約し(乙第一〇号証)、同日手付金として現金一〇〇万円、小切手六〇〇万円の計七〇〇万円を受取りました(乙第一一号証)。

右一〇〇万円は、訴外東急不動産株式会社に仲介手数料として支払い、小切手六〇〇万円は、上告人篠根茂雄個人あての小切手でしたから、三菱銀行大阪支店の同人名義の普通預金口座(No.一四五七六五七)に一旦入金し、昭和五五年五月三〇日、同金員中から訴外猿田昭に立退補償金として金四五〇万円を支払いました(乙第一三号証)。

(三) 昭和五五年六月一三日、代金残金として現金二〇〇万円と額面金六五〇〇万円の小切手を受取り、右現金二〇〇万円から訴外東急不動産株式会社に仲介手数料残金一二〇万円を支払いました。

同小切手六五〇〇万円は、一旦三菱銀行森小路支店の上告人篠根茂雄名義普通預金口座(No.四二四八八五一)に入れて現金化し、同月一六日、金五四三一七一八七円を住友銀行千林支店の旭基督教会名義の普通預金口座(No.五六四三九三)に振込みました。

右住友銀行千林支店の口座名義人は「旭基督教会」となっていますが、これは、恵泉幼稚園会計のための預金口座であり、この金は、甲第八号証(恵泉幼稚園の資金収支決算書)の寄付金収入金五四三二万円(前記の金五四三一七一八七円の入金が、右資金収支決算書では、金五四三二万円と切上げられた)として計上されています。

そして右金員中から同日、金五三二五万円(乙第五九号証同第六〇号証)を出金し、恵泉幼稚園が、住友銀行千林支店から借入れしている長期借入金の返済に充てました(甲第六号証の固定負債欄・同第八号証の借入金返済支出欄)。

乙第五九号証乃至乙第六二号証によれば、宗教法人旭基督教会の借入金を同教会が返済した形となっていますが、経理上、恵泉幼稚園は、独立採算制をとっており、同幼稚園の負債の返済として、処理されたのであります。

(四) 上告人らが寄付した分の内、宗教法人旭基督教会からの借入金収入として計上されている金一一二〇万円につきましては、三菱銀行森小路支店からの借入金返済金一七七五万円の内金として充当されました(甲第八号証の借入金返済欄金七一〇〇万円の内)。

(五) 本件土地・建物売買代金七四〇〇万円から、前記寄付として、恵泉幼稚園会計に入れた金六五五二万円を差引いた残金八四八万円は、同売買に伴う経費等であり、左のとおりです。

イ 東急不動産株式会社にたいする仲介手数料として金二二〇万円。

ロ 訴外猿田昭にたいする立退補償金四五〇万円。

ハ 司法書士にたいする支払金一二、〇〇〇円。

ニ 諸経費として金一、七六八、〇〇〇円。

右諸経費としては、本件建物に入居していた訴外猿田昭にたいする立退交渉のために、上告人篠根茂雄が本件売買成立の相当以前から、再三上京して交渉し、そのために東京において阪本健之助弁護士にも依頼し、また、本件売買交渉を含めて、二十数回上京しており、その交通費・宿泊費・弁護士費その他でありますが、これらに関する資料は昭和五六年九月二一日当時被上告人側に全て提出しています。

(六) 本件寄付に関する金員は、以上のとおりであり、被上告人が作成された乙第四一号証の入金図は、本件売買代金以外の上告人らの所持金員が含まれるもので、本件売買代金のみが記載せられているものではありません。

ところが、原判決は、乙第四一号証の入金図とおりと過って認定していますが、この点からも原判決は、取り消されなければなりません。

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